2020年2月16日 (日)

暖冬の要因はインド洋の海面温度上昇なのか

 気温の差が18度もあった昨日(2/14)の長野県。雪の下で雪解けを待つ植物は、今年、雪が無く地表が凍っているので氷解けを待っている。冷凍食品を解凍しているようなだ。山菜の味や香り、そして灰汁の濃さにも微妙な変化があるのかと心配だ。

Photo_3  ノルウェーも暖冬で雪が少なく、トナカイ餌である苔が雪の下でなく氷の下で生えている。いつものなら雪をかき分けて苔を食べるが、今年は、氷を前足で割ることができないので苔が食べられないという。

Photo_4  オーストラリアの森林火災は今月上旬の豪雨で峠を越したらしいが、まだ、鎮火したという報道はない。森林火災面積は日本国土の半分ほどになり、森林火災による二酸化炭素排出量はオーストラリアが年間に排出する二酸化炭素排出量の半分以上が排出されたという。

1_2  20200213 『毎日新聞』より

高温、乾燥、火災そして洪水という災害は、どうやら海水温度の影響らしい。インドの東と西の海面温度の変化が例年の様にならず、東側の海面温度が1月頃まで冷たく、西側の海面温度も高かったという。東側の海面温度が高く、期間が長いと暖かく乾いた空気がオーストラリアに流れ込み、それが高温、乾燥の原因となる。このインド洋の東西で海面温度が平均値よりも大きく異なる「インド洋ダイポールモード現象」が、オーストラリアに異常高温をもたらしたのではないかと言われている(『毎日新聞』より)。

Photo_5  日本の暖冬もアフリカ砂漠で発達した高気圧がジェット気流を介しているのではないかという。とにかく、海水温度が高くなり、多量の水蒸気の動きが一因らしい。

2_2  大寒前後の厳冬の庭先で作られる氷餅が、今年は機械で凍らせないと作れないという。秋田の人は、機械で凍らせた氷餅は焼き上がりも味も違うと言っていた。世界中でいつもの命の営み(循環)が狂いだしている。海洋や大地からのメッセージは、温暖化にブレーキをかける“暮らしの変革は待ったなし!”ということではないか。きわめて政治の問題である。(理事 高橋佳夫)

2020年2月 2日 (日)

オナモミから感じる”森はともだち”という心

 子供の頃は夏は木登り、クチボソ釣りや川遊び。冬は神奈川の自宅前でも雪が30cmは積もり、そり遊びやユキウサギを作って季節ごとに自然に遊んで貰っていました。その体験が、今、有難く思っています。野外教育のお手伝いをさせて頂く機会があり、都内の園児〜小学校低学年の児童たちとキャンプや合宿、遊びやハイキングを通して一緒に自然の美しさや大きさを学んでいます。
 子供たちは生活圏に緑がなく、親御さんを離れて突然自然と触れ合いながら「いかに遊ぶか、何をどう食べるか」を通じて自然との繋がりをいつも探っています。 
 「くっつきむし」や「ひっつきむし」と呼ばれるオナモミという野草は、どこの原っぱにもあり衣服にくっ付いて、全身につけて家に帰って怒られるというお馴染みの植物です。秋の合宿で出会った小学校2年生の女の子は、オナモミを初めて見る子でした。
 彼女はポンチョと長靴を履いて、雨の農道を歩きながらアジサイや畑の野菜を見て「なんの野菜だろうね?」とクイズをするも浮かない表情でした。それがオナモミの実を見つけ服に付けると目をキラキラさせて実を探し、着ていたポンチョをめくって自分の腕にドンドン付け出します。友だち同士できゃーッと投げ合いながら、駆け回り始めました。

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 更に、虫博士の小学校1年生の男の子がキアゲハの幼虫を見つけて、葉っぱごしにツンツンと触ってみます。オレンジ色の臭覚がニョキっと出てきて、子どもたちは初め幼虫の見た目の怖さと臭いとで逃げ惑っていました。それでも好奇心が大きく勝り、虫が嫌いな女の子も勇気を出して葉っぱごしでも、自然の生きものと触れ合おうとしていました。

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 雨の中のハイキングでは、子どもより背の高いススキや猫じゃらしを素手でぐんっと引き抜いて、長靴で山を歩きながら両手に「おまじないのススキ」を持って山の神様に唄をうたいながら歩き始めます。唄の意味は教えてくれませんでしたが、虫や鳥の巣を探しながら全身で山も雨も楽しんでいました。

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 住宅地に戻ると、子どもたちは近くの水路(幅約1.3m、水深は10cm)を見つけ「川遊びがしたい!」「(水路に)降りて良い!」とキラキラした表情を見せてくれました。着替えと靴はある為「安全に降りれる場所があったらね」というと駆け足で降り口を探し、水遊びに夢中になりました。履いていた長靴に水を溜めて、全力で私たち大人に掛けてきました。住宅地を流れる小さな水路でも、彼らにとっては山から流れる小川のようで、雨が降る寒い夕方の川遊びが楽しそうでした。
 普段は屋内などの安全なスペースで遊ぶ子ども達も、農道や里山などで遊ぶことで「知らない、苦手」だったことに興味が湧いて、好きになっていくことがわかります。昆虫や野生の動物の息づかいを感じ、そのような中の存在である人間、森は友だちであることの繋がりを五感で感じとっているようです。”森は大切な友だち”という心を、子供たちと耕している私ですい。(事務局 太宰初夏)

2020年1月19日 (日)

自然を大切に(^▽^)

縁があって都会に住んでいる。いなか暮らしをしたいと言いつつ、ついつい惰性で離れられずにいる。

今借りている住まいは都内で唯一の渓谷が近くにある静かな住宅街。近くには400年続くという大きな農家や市民農園もあって比較的自然が残っているイメージのある場所だ。

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とはいえ本来の自然はほとんどなくて、そのうえ年々、街から自然が減っていくのを感じている。

昨秋、使われなくなった教会の前にきれいなリンドウが咲いていたのだけれど、気が付くと建物は取り壊されて、その場所はあっという間に舗装されてしまっていた。もうここに植物たちが根付く隙間はないようだった。

数百年はあろうかという大木が生えた屋敷林が、あっという間に切り倒されてエコを謳ったマンションになるということもしばしばある(日本一の空家数を誇っている区なのだけれど、それでもまだマンションを作り続けるというのはどうなんだろう)。

地球にやさしいとかエコとか言うけれど、そもそも人はもう作りすぎだし(自然にあるものを)壊しすぎなのだと思う。その根っこがどこにあるのか、そしてそれをどう変えていけるのか。今年はまず自分の身の回りから、ひとつひとつ点検していこうと思う(事務局 小黒)

2020年1月 1日 (水)

森づくり運動の第二ステージの幕開け

 昨年亡くなった中村哲さんが操縦する重機音が気流に乗ってアフガンから足尾・松木沢に届いてくれないかと願っている。

12 雪の「森びと広場」

 生前、中村さんは宮脇昭先生に会って、堰の両岸に植える樹種を訊ねられたという話を宮脇先生から聞いた。宮脇先生は、砂漠になる前に生えていたふるさとの木を植えて下さいと応え、中村哲さんはヤナギを堰の両岸に植えている、という話を記憶している。

Photo_11 2013年「読売新聞」

 その風景が下の写真である。砂漠となった地に水を引き、地元民が農作業にいそしむことが農民の糧となり、身体と心の病に悩まされることが少なくなった地元の人々。穏やかな暮らしからは争い事を冷静に考えられる。堰を造っている地元の人々の顔からはそんな様子がうかがえる。

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3 ”医療支援だけでは平和は訪れないことを現地活動から学んだ”というようなことを生前の中村さんが言っていたように思う。平和な暮らしを求めてそれを実現するのはその地元の人々だ。空気を吸っているだけでは平和な暮らしは絵に描いた餅になってしまう。まずは、食べられることができ、平和な暮らしを描く学習もできる環境をつくらなければならないと考えたのかもしれない。堰造りと農業そして学校建設もすすめていた中村さんから、そのようなことが中村さんの志の柱ではないか。

201605  私たちの健康(衣食住)が保たれているのは生態系豊かな大地(森・生物社会)の命を営む循環が元気であるからだと思う。中村さんは、地球温暖化にも警鐘を鳴らしていた。重機を操縦している中村さんの表情からは、たくさんの元気がいただける。シニアの森づくり運動の第2ステージの幕開けは、多くの先人が遺した志を裏切らない森づくりの現役としての終活だ。意思なきところに道はひらけない。合掌。(理事 髙橋佳夫)

2019年12月16日 (月)

グレタさんとの連帯行動は誰でも、どこでもできる

 11月のある日、10月の大型台風19号で被害を受けた方の救援ボランティアを行ってきました。その方の家は埼玉県上尾市にあり、家の近くには川が流れていました。庭にはヘドロが堆積していました。ボランティアは私ばかりでなく、多くの方々が行っていました。すべてのヘドロを除去しようと頑張りましたが、ヘドロは半分残ってしまいました。

Photo 足尾「臼沢の森」から見る森びと広場

 ヘドロの除去作業をしながら、まさか埼玉県内で大雨の被害が出るとは思っていなかった自分が恥ずかしくなりました。「異常気象だなぁー」という程度の意識でいた自分を発見できました。 

Photo_2 足尾でも土砂が流出

Photo_3  私は温暖化を何とかできないかと足尾で森づくりを手伝っています。15年間で育てた森は小さな森に育っていますが、私の温暖化に対する意識と行動は育っていませんでした。亡き岸井成格理事長は「温暖化防止は待ったなし!」と言っていましたが、その”待ったなし!”がアクションだということになっていませんでした。

Photo_4  スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんのメッセージとアクションを見ていると、その実践性を学ばなければと思います。各国の一部首脳は彼女をツイッターで批判していますが、地球の衰弱という事態に対して、「友だちファースト」を第一にする政治は許せません。地球は全ての生きものたちの共有財産ではないでしょうか。一国の首脳が「友たちファースト」のために独占、支配してはならないと思います。

15  グレタさんと連帯するアクションはどこでも出来る気がします。地球は森と生きる私たちの具体的アクションをを待っていると思います。現場に起って自分を見つめなおすことの大切さを実感しました。(事務局・福澤 猛)

2019年12月 1日 (日)

巨大台風が教えてくれたこと

 ここ数年、自然災害が多く発生している。自然災害とひとえに言っても地震や台風などさまざまであるが、とりわけ大雨や台風に関する水害が頻発していると感じている。特に数十年に一度、50年に一度、命を守る行動をという報道が目立っている。

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九州地方や中国地方は線状降水帯などの豪雨でこれまでに何度となく被害にあっている。今夏も九州北部豪雨もそうであった。とか言っているが、関東に住んでいるのでいる筆者としては他人事の出来事となっている。
 9月の台風15号では千葉県を中心に強風による鉄塔の倒壊と利用者の気持ちに立てない東電の対策で辛い日々を過ごした。鉄道は計画運転を実施し、普段の生活が乱れ、多くの人は初めての体験をしたと思う。1カ月後の台風19号では未曾有の豪雨により、河川の氾濫や決壊が相次ぎ、都内では都市型水害も発生した。
 筆者も始めての体験であったが、安心はしていられない。このような自然界の猛威がこれからも襲ってくるのではないかと直感している。

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(台風後、水が引いた江戸川。護岸がえぐられ、土砂が堆積。ゴルフ場も復旧作業)

Img_5767 (増水した利根川)

 台風19号の時、筆者は仕事であったので職場に宿泊した。職場近くのスーパーでは棚から食料品が無くなり、3・11を思い起こさせた。そんなわけで食事は翌日の昼まで災害用食料となった。真夜中には、避難勧告の情報が何度となく流れ、寝むれない夜だった。一晩明けると新幹線車両基地が浸水し、まるで泥に浸かるサンマを見ているようであり、鉄道や生活道路の寸断、河川決壊などの被害は激甚だと思った。

20191016(東京新聞HPより 浸水した長野新幹線車両センター)

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 台風一過のつかの間の晴れ間。ススキが穂を出し、金木犀の香りが心地よい風にのって、秋が来たよと知らせてくれた。また翌日前線の通過で線状降水帯の被害がでた。

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 台風は海の温度を下げる役割があると耳にしたことがある。ここ数年、台風が発生しても海水温度は下がらないのはなぜだろう。地球温暖化が叫ばれて久しい。地上の気温は下がりつつあるというデータもあるが、海が地上熱をこれまで吸収してきたからではないか。しかし、海は悲鳴をあげている。
 レジ袋有料化やプラスチックストロー廃止など様々な動きがあるが、根本的な生活の転換が求められているようだ。利便性や経済優先を追求してきたしまった今に生きる私たちの責任が問われる。
 「未来を生きる子供たちに」を単なる合言葉にしているだけでは自然の猛威は止まらない。まずは、地球に寄り添わないと生存できない私たちということを認識し、そこから地球の癌にならない暮らしや生き方を描き、そのためのアクションをすることではないかと思う。筆者は呼吸で排出する二酸化炭素量(1年分)を吸収してくれる木を植えていくことにする。来年は「パリ協定」の始動開始年、「未来を生きる子供たちに」元気な森をプレゼントできれば幸せだ。(事務局 塚崎将幸)

2019年11月15日 (金)

床上浸水救援で描く“森と寄り添う暮らし”

 春夏秋冬の移り変わりが極端になっている感じがするこの頃。先人から教えられた暮らしのヒントも今の暮らしには通用しない様に思える。

Photo_5  先月、義理の妹からメールが妻のもとに届いた。内容は台風と大雨の被害にあい、一階の畳が水に浮いている、というSOSであった。テレビニュースを観ていると、いわき全域が夏井川の氾濫で床上浸水の被害をうけていたことがわかった。

Photo_6  これまで他人事のように思っていた自然災害が身近で起こった。即、現地に行って手伝うことにした。救援は2回行ったが、畳や家電、泥だしの大変さが身に沁みて分かった。さらに、共助の心や地域コミュニティとの相談の大切さを教えられた。 

Photo_7  台風19号から一か月が過ぎ、国や市町村のあらゆる行政で「検証」が行われてはいるが、私は「人災ではないか」と思っている。私も含めて、想定外の異常気象の猛威とその被害を何の根拠もなく、「なんとかなるさ」と思っていたしっぺ返しではないかと思っている。  

Photo_8  私が応援している南相馬市の「鎮魂復興市民植樹祭」の森は、木々が津波のスピードを緩めてくれる。戻ってくる津波に流されてくる人や動物等を木々が沖に流されないようにしてくれる。森の防潮堤は人と森が寄り添って生きる環境をつくってくれる。「なんとかなるさ」と何の根拠もないことで想定外の異常気象の猛威に向き合ってはならないとつくづく思う。義理の妹の床上浸水被害を救援する体験では異常気象と向き合う心(概念)が洗われた気がする。

Pb154186  今、多くの人々が想定外の異常気象の猛威を体験しているのであるから、その体験から“森と生きる社会(暮らし)”を、そのための社会運動(行動と議論)を積み上げていくことが大事だと感じている。行政や政治家に丸投げするのではなく、行政や政治を動かす社会運動のひとつとして応援隊の活動をこれからも続けたい。

Photo_9  経験した事のない自然の猛威に向き合うのだから失敗はつきものだと思う。自然の力を敵とするのでなく、まずは自然界の力を受け入れ、自然の恵みに感謝していきたい。“いなす”という言葉を思い出したので、今後の活動のヒントにしていければと思う。(事務局員 東城敏男)

2019年10月 2日 (水)

「暑さ寒さも彼岸まで」 実りの秋を感じていますか。

秋分が過ぎ、街中を歩くと屋敷に植えられた柿や栗が実を熟し、実りの秋を感じる季節となりました。満開となった蕎麦の花には蝶やスズメバチが止まり蜜を求めています。人間ばかりでなく虫や動物にとっても実りの秋です。

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畑では稲穂が沢山の実をつけ、稲刈りが始まっています。日に照らされた稲は黄金に輝き、多くの手をかけた農家の苦労に頭(こうべ)の下がる思いです。

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農家の次男坊に生まれた自分の幼少期の思い出が蘇ってきます。
昭和40年代のこと。稲刈りが終わり、山(コナラやクヌギを中心とする雑木林)の木の葉が落ちると翌年の田んぼに撒く腐葉土づくりの準備がはじまる。父の運転するテーラー(トレーラーを連結した耕運機)に乗り、自宅から3キロほど離れた雑木林に行くドライブは楽しみでした。雑木林に着くと、落ち葉さらいの手伝いをした。竹の熊手で葉っぱを集めるのですが、父から見れば子供のお守りついでに仕事をさせていたのだろうと思います。
篠竹を並べ、集めた葉っぱを縄で巻き、トレーラーの荷台に乗せていく。薪を燃料とする風呂の為、薪の切り出しも父の仕事でした。
ひと仕事を終え、昼飯も山の中で食べるのですが、いつものおにぎりとお新香ではなく、その日は、味の付いた肉が準備されていました。子供の分際で言うのもおこがましいですが、豊かな農家ではなかったので肉など滅多に食べられなかった。豚や鶏を飼っていましたが、養豚であり、鶏が産んだ玉子は近くの商店に売り現金収入にしていた。カレーに入っているのは常にソーセージでした。(これはこれで美味しいのだが。)
落ち葉と雑木に火をつけ、フライパンで焼いた肉はほんとうに美味かった(と記憶している)。豚コマ肉だと思うが、人生で最初のアウトドアだ。自然が調味料となって味も思い出も豊かにしてくれているようです。
現在のような焚き火台やバーナーなどがあるわけではなく、落ち葉をかき分け、焚き火のベースを作り、切り出したコナラの枝葉で火を起こす。なんともワイルドな情景だ。子供ながらに「父ちゃんはすごいな」と感心したものです。
改めて、森に寄生して生きている人間だと言うことを過去を振り返り実感します。
百姓が忙しく、親と遊んだ記憶も無いことから、暮らしの中で子を森に連れて行き、親の道具の使い方を見て覚え、雲や気温の変化で天候を察知するなど、人間の感性を育てて行くことが自然に行われていた時代だったのでしょう。

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こうした人間の感性を育てる森が、地球が悲鳴をあげています。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は8月8日、干ばつなどの増加で2050年穀物価格が最大23%上がる恐れがあり、食糧不足や飢餓のリスクが高まると警告した特別報告書を公表。地球温暖化が土地に与える影響をまとめており、水不足にさらされる人口も増えるなど影響は多岐にわたると指摘しています。

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その悲鳴に気づき、悲鳴に耳を傾けて育った16歳の少女が、地球上の「大人たち」に対して怒りの声を上げた。9月23日、国連気候行動サミット2019で『全ての生態系が崩壊し始め、私たちは大規模な絶滅を前にしています。それなのにあなたたちは、お金と永続的な経済成長という「おとぎ話」ばかりを語っている。』その声に共感し賛同した若者が世界各地で立ち上がっています。

P9283181   (9月25日 毎日新聞)

足尾鉱毒事件で被害を受けた谷中村村民と共に闘った田中正造翁は1901年(明治43年)12月10日、明治天皇に直訴しました。その行動に感動した盛岡中学三年生の石川啄木は翌年、友人達と「岩手日報」号外を売り、鉱毒被災地に義援金を送りました。そして、その気持ちを31文字に托しました。「夕川に葦は枯れたり 血にまどう民の叫び など悲しきや 」 15歳の時のことです。
のちに石川啄木は「林中の譚」(1907年)を執筆。石川啄木記念館学芸員・山本玲子さん訳の「サルと人と森」の一節には「人間はいつの時代も木を倒し、山を削り、川を埋めて、平らな道路を作ってきた。 だが、その道は天国に通ずる道ではなくて、地獄の門に行く道なのだ。 人間はすでに祖先を忘れ、自然に背いている。ああ、人間ほどこの世にのろわれるものはいないだろう。」と愚かな人間の行為に警鐘を鳴らしています。

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そして118年後の今年、グレタさんは『若者はあなたたちの裏切りに気づき始めています。裏切ることを選ぶなら、絶対許さない』と国連で「直訴」、今と未来を生きる地球人の声を代弁しています。
年々巨大化する台風と被害の拡大は現実です。「自国ファースト」の世界の為政者のみなさん、気候変動対策は待った無しです。
先人のメッセージに、若者の声に、荒れ狂う自然の悲鳴に耳を傾け、世界の森を、海を元気にすることは私たち「大人」の責務ではないでしょうか。

(事務局 清水 卓)

2019年9月17日 (火)

電力消費者の暮らしは二の次なのか!

 台風15号で電柱と送電線の鉄塔が倒壊した。千葉県内の停電は90万軒を超えた。台風上陸から10日過ぎても停電は続いている。新聞によると電柱は風速40㍍に耐えられるそうだが、今回は風速57㍍を観測した。送電線の鉄塔は老朽化したのではないかとライフライン企業の経営哲学に疑問が湧く。

P9017247  これまでも想定外の巨大台風や豪雨で日本各地のライフラインがストップしてきた。異常気象とその被害は年々巨大化している。それは日本ばかりではなく、世界中で発生し、異常気象の猛威に怯えて暮らしている私たち。

P9107461  この気象現象に向き合う日本企業の姿勢のひとつが今回の停電を引き起こしたと思う。3年前だと思うが、北海道に上陸した台風による停電と復旧の教訓がどこに消えてしまったのか。病院や学校をはじめとした電力消費者の暮らしを守るというライフライン経営者の精神が疑いたくなる。

Photo  来年は「パリ協定」開始年。日本は二酸化炭素等の温室効果化ガスを30年までに26%(13年比)削減すると公約している。(「パリ協定」が全て公約通りに削減されたとしても気温上昇は2度以下に抑えられないが)

P9087315  電柱や鉄塔の倒壊を防ぐ対策は緊急を要するが、想定外の異常気象にブレーキをかける対策は政治の第一課題だ。世界の人々は“地球人の恩送り事業”として、各国に木を植え、世界の森を元気(熱帯雨林の乱伐を禁止)にしながら、近未来の暮らしを見直していかなければと思う。(理事 髙橋佳夫)

2019年9月 2日 (月)

超高齢化の時代を生き抜くために協創・協働の精神を養おう。

 6月中頃、会津只見町布沢地区の刈谷晃吉さんからの「ちっちゃくても いいじゃないか 大勢の人々が訪ねてくれる価値ある集落を創ろう!」という冊子が自宅に届いた。その冊子には、森びとが2017年から毎年5月にやってきた草刈り、農業用・生活排水路の土砂清掃、道普請、ブラの森散策路の整備と階段づくり等を記録にしてくれたものである。筆者も昨年と今年に参加し、爽やかな汗を流し、美味しいお酒をご馳走になり、現社会の高齢化問題の暮らしを考えるヒントをもらっている。Cimg9416Cimg9036

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 冊子には、「老人のたわごと」という文章があり、これを読むと胸が熱くなる。「経済的な豊かさを求めるあまり、人との絆を希薄にさせ、心の貧困が、連日目を覆いたくなるような事件を引き起こしているのではないのでしょうか。そろそろ私たちも、どこまで経済成長を追い求めるのか?『人間らしい生き方とは?』『本当の幸せとは、豊かさとは何か?』といったことについて、真剣に考える時が来たように思う」と刈屋さんは述べている。

 全く同感である。筆者が住む宇都宮市でもご多分に漏れず、独居老人の多い地区となっている。刈谷さんは、「農山村は、協働と協創の精神が欠如すると元気を失う」と続けて述べている。高齢化社会の問題で農産集落だけの問題ではなく、日本社会の問題だと思います。

 宇都宮市は「介護予防・日常生活支援総合事業サービスB」という事業がある。この事業は、超高齢化の時代に、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい生活ができるように、地域住民が主体となって、支援していこうというものです。具体的には、ゴミ出し、清掃、新聞朗読、庭の草取り、話し相手、買い物などなどをお手伝いし、その実績により市から微々たるものだが補助金が出るというものです。

 筆者は昨年からこの担当を仰せつかり、「双葉生活支援ふれあいセンター」を昨年起ち上げた。規約や協力のお願いを自治会員へ呼びかけなど苦労は多いが、支援を受けた人の喜びの声やホッとした顔を見ると、こちらも元気をもらっている。昔の長屋コミュニティー的生活が参考になるのではないかと思って活動している。

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 刈谷さんは、私たちを「今だけ、カネだけ、自分だけ」の世相とは異なる生き方の人たちですと言ってくださった。そんなに意識して活動をしている訳ではないが、世界各国の一部首脳たちの言動を見ていると、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の人ばかりのような気がする。

 先日まで開催されていたG7サミットでは、地球温暖化防止の議論が全くされずに終わったようである。地球の肺ともいわれるアマゾンの熱帯雨林火事が深刻なのにもかかわらず、経済を優先するブラジルのトランプといわれるボルソナロ大統領。環境問題には一貫して背を向けるトランプ氏、それに追随する安倍首相。先日、筆者は堤未果さんの「日本が売られる」と言う本を読んだ。その本には、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の政策にコメントしている。筆者の幸せ観は、「未来の地球人へ、命をつなぐ森づくり、世界の森ともとの国際連帯」というスローガンで生きていくことだ。(事務局員・加賀春吾)