2012年5月13日 (日)

てれんこてれんこと森を歩いてきました

ちょこっと前の話ですがGWは雨の合間に、新潟県は加茂市にある粟ヶ岳という山の森を歩いてきました。

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この時期は、山裾の初夏のような柔らかい清々しさから始まって、高度を上げるに従って少しづつ季節を逆戻りできるのがいいところ。特に雪国では低い山でも四季がぎゅっと詰まっている気がします。麓では山桜が散って展葉したばかりの新緑の中にミツバツツジが華やかに、やがてタムシバ、オオカメノキの白い花が遅くやってきた春を演出してくれます。

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複雑に鳴いているのはオオルリでしょうか。遠くにツツドリが、それに呼応するようにジュウイチが独特のリズムでBGMを奏でています。主役の木がミズナラからブナに変わるあたりから、少しづつ早春の妖精たちがちらほらと。ここではイワウチワやカタクリ、ショウジョウバカマが目を楽しませてくれていました。

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あいにく時間の都合で山頂までは行けなかったのですが、山の上は雪も残っていてまだ晩秋~冬の頃合いなのでしょう。今年はいつもより少し暖かいのかもしれません。去年の同じ時期より春が少し上にありました。。。

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それにしてもこの時期の山は萌え萌えとしてhappy01何とも言えないですねー。もし梅雨前にどこか!と思っていたらふるさとの森がオススメです~

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この山からは写真のように日本海が見渡せます。そして、左の方にしばらく行くと、いまをときめく柏崎原発(何故か東京電力)があります。どうやら東電の(どなたかの?)再建として、この原発再稼働が前提となっているようですね。

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もしそこで何かがあればここの森はいったいどうなるんだろう・・・。

大きすぎるエネルギーはいらない。自然とともに生きよう。仕事帰りにつけた金曜ロードショーのナウシカをみながら、そんなことを思ったりしちゃったのでした。(くろちゃん)

2012年4月21日 (土)

森づくりはインフラのインフラ

 先日、宮脇昭さんの本「「森の長城」が日本を救う」を読みました。また、国際生態学センターのフォーラムにて宮脇昭さん講演を聞きました。そこから自分なりに考え、森はわれわれの生活を支えるインフラのインフラではないかという思いに至りました。

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 宮脇さんは、いのちの大切さを訴えます。また、小手先の対処だけでなく、本質の対策が必要であること、森づくりは私たちのいのちを守るための、遺伝子を未来につなげるために必要であることを。

 講演で、宮脇さんがそのことを語るとき、自分の心の底に響き、胸が熱くなるものがあります。それは本質であり、人間の根底にあるものだからでしょうか。そのことをまったく異論を唱える人はいないと思います。

 だけど、いざ行う、大きな事業として行政をからめて行うというと、なかなかうまく進まないようです。それはなぜでしょうか。よく総論賛成、各論反対というのがあり、この件も多くの人がからむとそれぞれの利害関係があってなかなか進まないのかもしれません。また、あまりにも本質すぎて、目先の利益がなく、各自がそのメリットを実感できない点もあるのかもしれません。宮脇さんはそのことを承知の上でトップに訴えかけます。トップがしっかりすれば、トップが仕組みをつくれば皆はそれに向かうということです。

私自身、森びとと称し、森が大好きな一市民として自分なりに考えまして、うまく進まない理由の一つに、森づくりに対する皆の認識がばらばら、つまりその位置づけが皆で共通認識・価値がないことにもあるのではないかと思っています。

森に興味を持ち、勉強していって初めて理解していったことでもありますが、自然災害も多い日本列島において、森はわたしたちを守る一方、豊かな恵みをもたらします。つまり、生活を支えるベースになるものであります。感じるのは、我々は既にそのことを日常の便利な生活の中で忘れているのではないかということです。生活のベース、つまりインフラというと、水道、ガス、電気であり、道路などをいいます。インフラの公共事業というとそれらの整備になり、それらはわれわれの生活を支える大切なインフラであるという共通認識があります。

それに対して森は、さらにそれを支えるインフラ、いうなればインフラのインフラといえます。

 しかし、多様な価値観の現代において、森の位置づけが、水道、ガス、電気などのインフラ同等であったり、それよりもただ人の趣味のうちの一つと思われていたりと、バラバラなのが現状だといえます。

本来の森の位置づけは次のようになるではないかと思っています。

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それが今、森に対する認識は次のようなところにあるのではないのでしょうか。

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 皆、電気、水道、ガスがインフラであり、なくてはならないことを認識し、月々をその費用を支払いします。電気をどうやってつくるかは議論になっても、必要か必要でないかの議論にはならないです。森は、その電気、水道、ガスを生み出すために必要なこと、その土台にあるのです。ですから森は、電気やガスのインフラ以上に、なくてはならない性質ものものです。公共事業の一番基本にくるものともいえます。そのことは、森に興味をもっている自分のような者だけでなく、皆が共通して認識する必要がある点であると思います。

 そのことを実感として知るのは、災害のときだけではいけません。そこで尊いいのちを失ってから気づくのでは遅すぎます。ここは、皆の共通認識として、災害が起こる前に植え付けたいです。そこが、宮脇昭さんが訴える点でもあります。

 そのためには、日ごろからの皆の意識の持ち方が必要です。森は、インフラ中のインフラであるということを。これは、あまりに本質すぎて、浸透させるのは、むずかしいかもしれません。なにせインフラのインフラというとあって当たり前のさらにあたり前というものだからです。

 小生は、それは子どものころからの教育にその希みがあると考えています。今回、林野庁、環境省などに働きかけ、公共事業として森づくりをやるよう訴えかけています。それはそれで行っていくべきでしょう。それと同時に、教育分野、官庁でいえば、文部科学省のところで、子どもの頃からその意識を植え付けることが必要かと思います。つまり義務教育にくみいれることです。われわれこうして高度な社会が成り立つのも、皆が、ある一定の共通した知識であり、認識をもっているからです。それは、子どものころからの教育で身に付けてきたことでもあります。であるから、森づくりについて、それはわれわれのインフラのインフラであること小さいときから認識を持ちたいです。そして森づくりは、他人ごとでない、自分たちのこと、一番根底にある大切な「いのち」のこととしてとらえられるようになればと考えています。

 そこで今回の震災はある意味でそれを実感するいい機会であります。森びとがベースとしている足尾はそのことを示す格好の材料であります

小生、小学生と保育園児の2人の子どもをもつ父として、自分にできるところはその辺かなと考え、行動していきたいと思っています。

(哲也)

2012年4月14日 (土)

公園は自然の教科書で溢れている

 4月10日、神奈川県ファンクラブはメンバー5人で鎌倉中央公園にて旧炭焼き小屋の下に田んぼをつくるための約30平米を耕させてもらいました。この場所は子どもたちとサツマイモを作る教育の場となるそうです。この鎌倉中央公園はJR大船駅から20分ほどの場所にも関わらず、NPO山崎谷戸の会と鎌倉市が協働で保全活動を行っており、谷戸が残されている貴重な場所です。Dscf0110Dscf0104_2
 今回は、事務局の田村さんに指導をいただきました。田村さんの小学校2年生の娘さんも母親と一緒にここを訪れるそうです。掘り起こした土の中からミミズが数匹出たので、どういう反応を示すかなぁとミミズを見せると平然とミミズを手に乗せて目を輝かせていました。

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 この日は学校が午前中のためか、鎌倉中央公園を小学生が多く訪れていました。裸で駆け回る男の子や下駄を履いて遊ぶ男の子、急な斜面を登る女の子たちなど生き生きとした逞しい姿がそこにありました。

 残念ながら福島県の子供たちは放射能の影響により、外で遊ぶことはできません。子供たちの笑顔を奪ってしまったのは私たち大人の責任です。3・11で安全に「絶対」はないことが証明されました。子供たちの未来のためにも「原発はNO!」とさらに声を上げていくぞ!!

2012年4月13日 (金)

土壌動物が放射能汚染されると大変なことになるよ!

P4112634  ミミズやダンゴムシが活発に動き出す季節になってきた。これら土壌分解動物が落ち葉や動物、昆虫の死体等を食べてくれる。ところがこの落ち葉や死体等に放射性物質が付着しているとミミズ等の体内にそれが入ってしまうらしい。このミミズ等を餌とするイノシシ、モグラそして鳥類の体内にも放射性物質が入ってしまう気がする。イノシシやモグラの縄張りは狭いが、鳥類は何千㌔に移動してしまう。ツバメが飛来し、夏鳥も間もなくやってくる。

 1986年に起きたチェルノブイリ原発事故から26年経つが、チェルノブイリからはるか200㎞離れた英国(セラフィールド)ではセシウムが大地に染みこみ、牧草を介して羊の体内にそれが取り込まれているという。(『毎日新聞』4/8)

 韓国では脱原発を掲げる「緑の党」が結党され、総選挙に候補者を擁立した。民主党内でもやっと前首相・菅さんが脱原発で動き出した。私たち大人の選択が未来を生きる若者や子どもたちの幸せを左右する。花見もほどほどにして「千年後の未来」に舵をきって走りだす時期がそこまで来ている気がする。(OWL)

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2012年3月18日 (日)

梅ヶ丘の丘の梅

小田急線・梅ヶ丘駅から西に向かって少し歩くと、小高い丘があり、公園になっています。名前は羽根木公園。ここは梅林で知られていますが、里山ちっくな雑木が残っていたり、子どもたちの冒険場所があったり、近所のおじさまたちが将棋を打っていたりと、雑多と静けさの入り混じったなかなか雰囲気の良い場所であったりします。

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毎年2月になると梅まつりというのを数週間やっているのですが、今年は例年にない寒さで、三部咲きがちらほらの梅まつりとなってしまったようです。延長でもするのかなと眺めていたのですが、そんな様子もなく淡々と予定通りに終わってしまいました。なかなか人の思うとおりにはいかないようですね。

そんなこともすっかり忘れていた本日(3/18)、借りていた本を返しに梅ヶ丘図書館にいったところ、まさに見頃な梅が・・・。雨の合間だったので、濡れた花がまた一段と綺麗です。

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いろいろの種類の梅があって、既に咲き終わったものもあるようですが、満開のものもいくらか見受けられます。香りもほんのり漂って、ようやく遅い春の訪れを肌で感じることができました。

また蕾のものもありますので、ここしばらくは楽しめそうです。近いところにいらっしゃったらぜひ寄ってみてください。

http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/pdf/31830_2.pdf
↑こちらに梅リストと見頃時期があります。いまは白加賀(上写真)が見頃です。

                                        くろちゃん

2012年3月17日 (土)

長崎の鐘と風に触れてきました。

普段の生活で何気なく感じている「風」。風はいろいろなものを運んでいると感じます。
特に、春夏秋冬の風は人の五感を研ぎ澄ませてくれる風だと日々の暮らしの中で自分も含めて皆さんが感じていることと思います。春一番が吹くと樹木が芽吹きます。今年は寒暖の差が激しくて、梅の花がまだ開花していないところがあると同時に、先日所用で九州に行きましたが九州でもいまだに桜が開花する様子もないほど、つぼみが小さくて今年の開花は遅くなりそうな気がしました。

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 しかし、風はそんな季節の風を運んでくるだけではありません。私は普段の仕事で風ほど恐ろしいものはないと感じています。風は肌で感じることはありますが、風の強さがどのくらいあるのかはわかりませんし、肉眼で風がどの方向から吹いているのかなどはわかりません。海からの風は、波しぶきやうねりなどを見て風向きや強さを感じられるので、仕事に活かせます。自然がそのまま残っているからこそわかるのであって自然の恵みは人間にとってありがたいものだと痛感しました。
 最近では、風は思わぬものも運んでいると実感したのが「放射能」です。昨年発生した東日本大震災の影響で、東京電力福島原発の放射能が各方面に飛び散りさまざまな場所で「見えない放射能」に苦労していると思います。特に、子どもには将来、悪影響が出ると言われています。その対策として、ヨウ素の薬を服用することがいいと言われています。薬に頼ってしまうのはしょうがないと思いますが、果たしてそれでいいのかはわかりません。
 自然にある恵みを大切にしてそれを活かした方がいいのではないかと思い、服用しているのが「炭」です。この先、飲み続けてどうなるかはわかりませんが、自然の力の恵みで自分の体が維持できるのであれば、薬に頼らなくても生きていけるような環境作りをしていきたいと思います。

                                             のっぽ

2012年3月11日 (日)

炭におけない話・自然の水は美味しい

  私の生まれは群馬県桐生市宮本町です。18歳まで住んでいました。実家の裏は少しの畑とお墓がある吾妻山の麓です。その麓から流れる川の清水を飲料水や風呂などに使用していました。その水は保健所で検査をして戴いたところ鉄分が多いものの健康には害がないとの回答を得ており、非常に美味しい飲料水でした。中学時代、野球部に所属していた私は、冬の練習で学校から部員と共に一山超えて我が家までランニングをする。みんな喉が渇いており、夢中で樋から落ちる水を顔を濡らしながら「美味しい、美味しい」と飲み干す姿は滑稽でもある。川から竹を割って給水用樋で家まで引き込んでいるの
で何時、ゴミが混ざっても可笑しくはない。そのごみを避けて水を飲まなければならないのも一芸を要する。

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「ここの水は美味いよな」と部員は飲む度に言う。水道水しか飲んでいない人達にとっては自然(清水)は美味いはずである。田舎育ちの私も美味いと思うと共に、自然の恵みを享受できることに幸せに感じていた。東京に出て45年、カルキの臭いのする水や刺身類は食そうとは思わない。このカルキの臭いを消すのには,炭が特段のパワーを持っている。多くの方が実行していることですが、容器の中に炭を入れそこに水道水を注ぎ半日もすればカルキ臭は抜けて美味しい水を飲むことができます。また、押し入れや下駄箱に入れれば脱臭剤の役目をします。

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今、私は65才ですが初めて花粉症に罹ってしまった様でなので、木酢液を鼻や顔に塗り治療を開始し少しづつ改善の方向に向かっています。もう実家は誰も住んでいない廃屋で見る姿も有りませんが、墓参りに行くと川の水は少しだけ流ており、昔の様な水量はありませんがお墓を洗い花を刺す注すのに必要な水をどうにか確保できます。このように、水量が減ってしまっているのは里山の手入れがされてない事と、植林が行われてないことに尽きるのではないでしょうか?森づくりをしている一人として自然の恵みを未来の子供たちに残せる活動を元気な内は続けて行きたいと思います。
                                            松井 富夫

カーボン発電!

福島第一原発による放射能汚染でいまだに、ふるさとに帰れない人が大勢います。原子力による発電は、電力供給の中で30%と言われています。私たちは、この30%を原子力に変わる電力として生活の中に取り入れて自らの生活を原子力発電に頼らない電気での生活に変えて行かなければなりません。
そこで、すみ発電で電車が動いたことについてお知らせします。
準備するものは、備長炭・塩・アルミホイル・水・ペーパーナプキンで電気を起こせます。他に発電電気を伝えるのにリード線が必要です。この道具で電車(鉄道模型の車両・エヌゲージ)を動かせました。

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まず、ペーパーナプキンを水に浸し軽く絞り、この上に塩をまんべんなくすり込みます。これを備長炭に巻き付けます。この上にアルミホイルを端の1センチ内側に巻き付け強く握り密着を強めます。すみとアルミにそれぞれリード線をつけてその先に鉄道模型を直結します。
皆さんも試してみて下さい。(正文)

横須賀市民も人ごとでない原発問題?

 2月の末に、「軍港めぐり」行ってきました。私が現地に行ったときにはすでに30~40名の人たちが乗船のために列を作っていました。一階は座るとこもあまりないので、少し寒いが、二階に上がってみることにしました。

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原子力を2基搭載している「ジョージ・ワシントン」がここを母港にして、原子力を搭載している潜水艦も入港して、日本国内であって日本でないように感じでした。
横須賀は、東京都心から、50キロしか離れていません。

福島の原発事故と足尾銅山鉱毒事件とは、どこか似ているところがあると思う。鉱毒と放射能との違いはあるが、それを撒いた加害企業と政府は親密で被害を受けた住民は塗炭の苦しむを強いられています。
田中 正造が言った言葉
「己の愚を知れば則(すなわ)ち愚にあらず、己の愚なることをしらなければ是が真の愚である。民を殺すは国家を殺すなり、法を蔑にするは国家を蔑にするなり、人が自ら国を殺すのである」  

「世の中に訴えても感じないというのは、一つはこの問題が無経験問題であり又目に見えないからという不幸もございます」

反原発運動を続ける哲学者の花岡さんは、「日本社会における倫理観の欠如」を問題の背景とみる。  「唯一の行動規範は経済による欲望の充足。欲望のまま、科学技術で何をやってもいいと国策で突き進み、足尾鉱毒事件や福島原発事故を引き起こした」

「真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし」

                                             たけぞう

2012年3月10日 (土)

地球を俯瞰(ふかん)する視点が必要(!?)

 森びと仲間の紹介で緑の地球ネットワーク(GEO)の20周年記念シンポジウムへ行ったきっかけで、そこにパネリストとしてでられていた松井孝典(たかふみ)さんを知った。宇宙を研究されている方でとても興味深い話しをされていたのがとても印象に残っており、その方が本「我関わる、ゆえに我あり」がでたのを知り、早速、買って読んでみた。

 宇宙の137億年の視点に立つということ、これまで、生命の歴史、40億年という話はよくしていたけども、137億年の視点には、何か、新たな視点を得られたような感じがした。内からの視点では世界は語れないというということをいわれており、地球環境問題を問うにあたって、宇宙からの視点が欠かせないという点に、とても納得した。そして知の体系化が必要ということで、その話の展開がとてもわかりやすく、物理・科学の世界から哲学の世界までの話には目からうろこが落ちるようであった。

小生は先月、転職し、勤め先が変わった。転職して初めて前の会社のいいところがわかる、というのは確かにあると思った。それと同様に(?)、地球環境を語るのには、一度、人間界を離れて考えないといけないというのは真実であると思う。本を読んで、これまでの人間が築き上げた知をもっと知りたいという知識欲がわいてきた。(哲也)

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