2019年10月 2日 (水)

「暑さ寒さも彼岸まで」 実りの秋を感じていますか。

秋分が過ぎ、街中を歩くと屋敷に植えられた柿や栗が実を熟し、実りの秋を感じる季節となりました。満開となった蕎麦の花には蝶やスズメバチが止まり蜜を求めています。人間ばかりでなく虫や動物にとっても実りの秋です。

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畑では稲穂が沢山の実をつけ、稲刈りが始まっています。日に照らされた稲は黄金に輝き、多くの手をかけた農家の苦労に頭(こうべ)の下がる思いです。

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農家の次男坊に生まれた自分の幼少期の思い出が蘇ってきます。
昭和40年代のこと。稲刈りが終わり、山(コナラやクヌギを中心とする雑木林)の木の葉が落ちると翌年の田んぼに撒く腐葉土づくりの準備がはじまる。父の運転するテーラー(トレーラーを連結した耕運機)に乗り、自宅から3キロほど離れた雑木林に行くドライブは楽しみでした。雑木林に着くと、落ち葉さらいの手伝いをした。竹の熊手で葉っぱを集めるのですが、父から見れば子供のお守りついでに仕事をさせていたのだろうと思います。
篠竹を並べ、集めた葉っぱを縄で巻き、トレーラーの荷台に乗せていく。薪を燃料とする風呂の為、薪の切り出しも父の仕事でした。
ひと仕事を終え、昼飯も山の中で食べるのですが、いつものおにぎりとお新香ではなく、その日は、味の付いた肉が準備されていました。子供の分際で言うのもおこがましいですが、豊かな農家ではなかったので肉など滅多に食べられなかった。豚や鶏を飼っていましたが、養豚であり、鶏が産んだ玉子は近くの商店に売り現金収入にしていた。カレーに入っているのは常にソーセージでした。(これはこれで美味しいのだが。)
落ち葉と雑木に火をつけ、フライパンで焼いた肉はほんとうに美味かった(と記憶している)。豚コマ肉だと思うが、人生で最初のアウトドアだ。自然が調味料となって味も思い出も豊かにしてくれているようです。
現在のような焚き火台やバーナーなどがあるわけではなく、落ち葉をかき分け、焚き火のベースを作り、切り出したコナラの枝葉で火を起こす。なんともワイルドな情景だ。子供ながらに「父ちゃんはすごいな」と感心したものです。
改めて、森に寄生して生きている人間だと言うことを過去を振り返り実感します。
百姓が忙しく、親と遊んだ記憶も無いことから、暮らしの中で子を森に連れて行き、親の道具の使い方を見て覚え、雲や気温の変化で天候を察知するなど、人間の感性を育てて行くことが自然に行われていた時代だったのでしょう。

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こうした人間の感性を育てる森が、地球が悲鳴をあげています。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は8月8日、干ばつなどの増加で2050年穀物価格が最大23%上がる恐れがあり、食糧不足や飢餓のリスクが高まると警告した特別報告書を公表。地球温暖化が土地に与える影響をまとめており、水不足にさらされる人口も増えるなど影響は多岐にわたると指摘しています。

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その悲鳴に気づき、悲鳴に耳を傾けて育った16歳の少女が、地球上の「大人たち」に対して怒りの声を上げた。9月23日、国連気候行動サミット2019で『全ての生態系が崩壊し始め、私たちは大規模な絶滅を前にしています。それなのにあなたたちは、お金と永続的な経済成長という「おとぎ話」ばかりを語っている。』その声に共感し賛同した若者が世界各地で立ち上がっています。

P9283181   (9月25日 毎日新聞)

足尾鉱毒事件で被害を受けた谷中村村民と共に闘った田中正造翁は1901年(明治43年)12月10日、明治天皇に直訴しました。その行動に感動した盛岡中学三年生の石川啄木は翌年、友人達と「岩手日報」号外を売り、鉱毒被災地に義援金を送りました。そして、その気持ちを31文字に托しました。「夕川に葦は枯れたり 血にまどう民の叫び など悲しきや 」 15歳の時のことです。
のちに石川啄木は「林中の譚」(1907年)を執筆。石川啄木記念館学芸員・山本玲子さん訳の「サルと人と森」の一節には「人間はいつの時代も木を倒し、山を削り、川を埋めて、平らな道路を作ってきた。 だが、その道は天国に通ずる道ではなくて、地獄の門に行く道なのだ。 人間はすでに祖先を忘れ、自然に背いている。ああ、人間ほどこの世にのろわれるものはいないだろう。」と愚かな人間の行為に警鐘を鳴らしています。

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そして118年後の今年、グレタさんは『若者はあなたたちの裏切りに気づき始めています。裏切ることを選ぶなら、絶対許さない』と国連で「直訴」、今と未来を生きる地球人の声を代弁しています。
年々巨大化する台風と被害の拡大は現実です。「自国ファースト」の世界の為政者のみなさん、気候変動対策は待った無しです。
先人のメッセージに、若者の声に、荒れ狂う自然の悲鳴に耳を傾け、世界の森を、海を元気にすることは私たち「大人」の責務ではないでしょうか。

(事務局 清水 卓)

2019年9月17日 (火)

電力消費者の暮らしは二の次なのか!

 台風15号で電柱と送電線の鉄塔が倒壊した。千葉県内の停電は90万軒を超えた。台風上陸から10日過ぎても停電は続いている。新聞によると電柱は風速40㍍に耐えられるそうだが、今回は風速57㍍を観測した。送電線の鉄塔は老朽化したのではないかとライフライン企業の経営哲学に疑問が湧く。

P9017247  これまでも想定外の巨大台風や豪雨で日本各地のライフラインがストップしてきた。異常気象とその被害は年々巨大化している。それは日本ばかりではなく、世界中で発生し、異常気象の猛威に怯えて暮らしている私たち。

P9107461  この気象現象に向き合う日本企業の姿勢のひとつが今回の停電を引き起こしたと思う。3年前だと思うが、北海道に上陸した台風による停電と復旧の教訓がどこに消えてしまったのか。病院や学校をはじめとした電力消費者の暮らしを守るというライフライン経営者の精神が疑いたくなる。

Photo  来年は「パリ協定」開始年。日本は二酸化炭素等の温室効果化ガスを30年までに26%(13年比)削減すると公約している。(「パリ協定」が全て公約通りに削減されたとしても気温上昇は2度以下に抑えられないが)

P9087315  電柱や鉄塔の倒壊を防ぐ対策は緊急を要するが、想定外の異常気象にブレーキをかける対策は政治の第一課題だ。世界の人々は“地球人の恩送り事業”として、各国に木を植え、世界の森を元気(熱帯雨林の乱伐を禁止)にしながら、近未来の暮らしを見直していかなければと思う。(理事 髙橋佳夫)

2019年9月 2日 (月)

超高齢化の時代を生き抜くために協創・協働の精神を養おう。

 6月中頃、会津只見町布沢地区の刈谷晃吉さんからの「ちっちゃくても いいじゃないか 大勢の人々が訪ねてくれる価値ある集落を創ろう!」という冊子が自宅に届いた。その冊子には、森びとが2017年から毎年5月にやってきた草刈り、農業用・生活排水路の土砂清掃、道普請、ブラの森散策路の整備と階段づくり等を記録にしてくれたものである。筆者も昨年と今年に参加し、爽やかな汗を流し、美味しいお酒をご馳走になり、現社会の高齢化問題の暮らしを考えるヒントをもらっている。Cimg9416Cimg9036

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 冊子には、「老人のたわごと」という文章があり、これを読むと胸が熱くなる。「経済的な豊かさを求めるあまり、人との絆を希薄にさせ、心の貧困が、連日目を覆いたくなるような事件を引き起こしているのではないのでしょうか。そろそろ私たちも、どこまで経済成長を追い求めるのか?『人間らしい生き方とは?』『本当の幸せとは、豊かさとは何か?』といったことについて、真剣に考える時が来たように思う」と刈屋さんは述べている。

 全く同感である。筆者が住む宇都宮市でもご多分に漏れず、独居老人の多い地区となっている。刈谷さんは、「農山村は、協働と協創の精神が欠如すると元気を失う」と続けて述べている。高齢化社会の問題で農産集落だけの問題ではなく、日本社会の問題だと思います。

 宇都宮市は「介護予防・日常生活支援総合事業サービスB」という事業がある。この事業は、超高齢化の時代に、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい生活ができるように、地域住民が主体となって、支援していこうというものです。具体的には、ゴミ出し、清掃、新聞朗読、庭の草取り、話し相手、買い物などなどをお手伝いし、その実績により市から微々たるものだが補助金が出るというものです。

 筆者は昨年からこの担当を仰せつかり、「双葉生活支援ふれあいセンター」を昨年起ち上げた。規約や協力のお願いを自治会員へ呼びかけなど苦労は多いが、支援を受けた人の喜びの声やホッとした顔を見ると、こちらも元気をもらっている。昔の長屋コミュニティー的生活が参考になるのではないかと思って活動している。

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 刈谷さんは、私たちを「今だけ、カネだけ、自分だけ」の世相とは異なる生き方の人たちですと言ってくださった。そんなに意識して活動をしている訳ではないが、世界各国の一部首脳たちの言動を見ていると、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の人ばかりのような気がする。

 先日まで開催されていたG7サミットでは、地球温暖化防止の議論が全くされずに終わったようである。地球の肺ともいわれるアマゾンの熱帯雨林火事が深刻なのにもかかわらず、経済を優先するブラジルのトランプといわれるボルソナロ大統領。環境問題には一貫して背を向けるトランプ氏、それに追随する安倍首相。先日、筆者は堤未果さんの「日本が売られる」と言う本を読んだ。その本には、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の政策にコメントしている。筆者の幸せ観は、「未来の地球人へ、命をつなぐ森づくり、世界の森ともとの国際連帯」というスローガンで生きていくことだ。(事務局員・加賀春吾)

 

2019年8月15日 (木)

子供たちに自然豊かな地球を残そう!

2008年8月15日、小学校5年と3年生(当時)になる娘たちと足尾の臼沢に木を植えました。森びとがスタートし、子供たちと近所の林や公園で種を拾い、ポット苗で3年間育てたコナラ、モミジ、イヌシデです。上の娘は、黒土を背負子に載せ運んでくれました。
当時、臼沢の木々は背丈が低く日陰もない斜面でしたが、下の娘も姉の背中を追い一歩一歩階段を登ってくれました。植樹スペースを見つけ、穴掘りは父の役目だ。70cm×70cmの穴を掘り、娘の担ぎ上げた黒土と腐葉土、掘り起こした土を「まじぇる、まじぇる、まじぇる」し、育てた苗木を子供たちと植えました。
汗だくになりましたが、足尾の山に「小さな命」を植えることができ満足の笑顔です。63年前(当時)、世界各地で多くの人々の命が奪われ、自然が破壊された戦争が終結したことを知らない子供たちですが、白いプレートに家族の名前と願いを書き、根元に立てました。
プレートには『子供たちに自然豊かな地球を残そう!2008.8.15終戦記念日』と、親の願いが書き入れられました。

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今月10日、臼沢上部に植えた幼木が草に覆われていることから、“みちくさ”舎人の小川スタッフと草刈りに登り、草に埋もれた幼木に風を通しました。人間が植えた苗木は、草に負けないように3年間の草刈りが必要であり、「人間の都合で森は育てられない」ことを再実感しました。

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下山の途中で2008年に植えた木々の生長を確認しました。周りの木々との競争で幹は細いですが、樹高は5mを超え、見上げると太陽の光をたくさん浴びるように枝葉を広げていました。「我が子」の生長を見るようで、「しっかりと大地に根を張り、森に暮らす生き物と共生できる樹へと生長しろよ」と手をかけました。

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子供たちと木を植えるきっかけとなったのは、1週間前(2008年)に父娘で参加した「森びと親子自然教室」でした。子供にとっては初めてのキャンプでした。日光中禅寺湖畔に生きる400年~600年のミズナラの森の中で、樹に触れ、落ち葉を集め、風の音や波の音を聞き、感じたものを表現したり、伝えることで、一人ひとりが感じることの違いを知り、認め合う「友達になる」ことを学んだと思います。あれから11年。「山に木を植えた」子供たちは「大学」過程に進み、教育や看護の道を目指し、「人間の命を大切にする」自分づくりに汗を流しています。


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74年前の8月6日広島、8月9日長崎に米軍によって原爆が投下され、多くの人々が犠牲となり、街は焼け野原となりました。広島平和記念公園内に育成する被爆したアオギリの二世が「広島の平和の心をいつまでも忘れずに伝え、平和を愛する人の輪を広げていく」ことを目的に苗木が世界に配布されています。アオギリは“平和を愛する心”、“命あるものを大切にする心”を後世に継承するために被爆アオギリが実らせた種を発芽させ育てています。
恥ずかしい話ですが、栃木県では平成27年に日光東照宮で育成している楓(フウ)と被爆アオギリを、平和への願いを込めて交換したことを今年知りました。小さいポット苗を東照宮で2年間育て、美術館前庭に植樹されました。先月7月26日に日光東照宮を訪れ「アオギリ二世」に会いに行きました。

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戦争経験者が少なくなる中で、経験者の体験を聞き語り継ぐことは大変重要なことだと思います。長崎で被爆した男性は「平和憲法を守り、戦争や核兵器もない世界を実現する指導的な役割を果たせる国になってほしい」と唯一の被爆国日本の為政者に訴えています。

現在、地球規模の気候変動によって豪雨、土砂崩壊、山林火災、海の温暖化によって人類ばかりでなく、森や海に住む生物の命も奪われ続けています。経済優先から、CO²吸収源である「いのちの森づくり・海づくり」を世界の「潮流」にしていくことが求められているのではないでしょうか。

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(事務局・清水卓)

2019年7月31日 (水)

これからも地道に木を植え続けていきたい

 地球温暖化といわれて久しい。夏は、より暑くなり、異常気象が世界中で猛威をふるっている。今年5月に北海道で35℃を超えた日があった。正に異常気象だ。

Img_9801 南相馬市の鎮魂復興市民植樹祭

 それに対して、我々できることは何か?CO2を減らすことであることは間違いなさそうだ。でもやっかいなのは、異常はとても人間に印象付けるが、CO2という見えないものを少なくするということは実感がともなわない。また、人間、本来、楽をしたいものだ。電気を減らすなど、費用を減らすことで実感できることはあるが、それ以外のCO2削減には、われわれどうしてもおっくうになる。他人がみていない中、実感がともなわず、すぐに楽をしてしまうものだ。 

Img_9788  でも一つだけ目に見えるCO2削減の方法がある。木を植える。育てるということだ。木の幹そのものが炭素のかたまりだ。木の質量そのものが炭素だ。そこで浅はかに考える。世界中の植えられるところに、木を植えたら、多くのCO2を削減できるのではないかと。 

Img_9767 ミシガン大学生との交流

 でも、それだけでは足りないという。人間は、過去、植物が何千年とかけて地中にためた二酸化炭素を短期間で、空気中に排出しているから、木を植えるだけでは間に合わないという。ということは、地中から掘り出すことをやめるしかなくなる。でもすると今の経済活動が成り立たなくなる。そうなると、利害の関係になり、政治の話になり、とても簡単に収拾がつく話にはならないこと。そのことを声高に言い続けても、現実的には。

Img_9824  そこでまた思う。やはり自分できることは、木を植え、育てることではないかと。そしてもっともっと地球のしくみ自然のしくみに好奇心をもって学んでいくことではないかと。それをデータをとって示していくことを地道にやっていくしか道はないのではないか。自分は幸いにも、森びとプロジェクト委員会に所属し、足尾、南相馬という場で、木を植える機会がある。また、多くの自然を愛する同志がいる。ハンス・ロスリングの著書「ファクトフルネス」に書かれてあったが、地球温暖化の問題とは長期の問題である。目の引くニュースを手当たり次第に温暖化と結び付け、危機感を煽ろうとするのは、あまり好ましいやり方ではない。その代わりに、科学的に基づくもの、証拠に基づいた主張をすることが大切だ。つまり自然に謙虚に学び、地道に木を植え続け、それを目に見えるかたち=森にしていくという、自分にできることはそれであり、そうしていきたい。(事務局 宮原哲也)

 

2019年7月15日 (月)

「杜」という森に込められた想いを胸に森づくり

1 間もなく見られる中倉山の青空

  今から約400年前の伊達政宗は家臣たちに、「屋敷内には飢餓に備えて、栗・梅・柿などの実のなる木や竹を、また、隣との境に杉を植えるように」奨めました。こうしてできた屋敷林と、お寺や神社の林、そして広瀬川の河畔や青葉山の緑が一体となって仙台は、まち全体が緑に包まれまと言います。この「まち全体が緑に包まれる姿」は、明治42年には、「森の都」として仙台の観光案内書に記されています。また、昭和に入って間もない頃には、「杜の都」と表されるようになり、この姿は昭和20年の仙台空襲前まで残っていました。

Photo 足尾「臼沢の森」

「杜の都」の「杜」は、そのまちに暮らす人々が協力し合い、長い年月をかけて育ててきた豊かな緑と暮らす人々の森への願いが込められていることを意味するのではないかと思っています。そこには、「神社や寺、屋敷を囲んでいる『緑』、人々がていねいに手入れをしてきた『緑』が仙台の宝」という市民の想いが込められているように見えます。  

Photo_2  私が、森びとで足尾の草地や荒廃地に植樹して感じていることは、先輩方がよく口にする言葉でもありますが、「人間の都合で木は育たない」ということです。

 今年の梅雨の様に晴れ間が少ない時には“雨が降って植物には良い”と油断していると、昨年植えた幼木は草との競争に負けて、太陽のエネルギーをもらえなくなってしまい、幼木が衰弱する状態にしてしまいます。また、ポットで育てている幼木のポットの底では草の根が充満して、幼木の根を衰弱させてしまいます。仕事の合間に植林ボランティアしている筆者としては、どうしても自分の都合の合間に森づくり活動しなくてはなりません。リタイヤした先輩たちは「俺たちは“サンデー毎日”だ」と言っていますが、足尾の森を観ていると、木々は先輩たちの育樹活動に応えて生長しています。

Photo_3  私たちが育てている森の中には「民集の杜」という一角があります。多分、この名前は先輩たちの色々な想いが込められているのだと思っています。森は、私たちの暮らしで欠かすとのできない役割をもっています。月一回の森作業になっている私ですが、森の大切さを感じる大切な日であります。(事務局 福澤 猛)

2019年7月 3日 (水)

 国連「気候サミット」では「2050年実質排出ゼロ」の国際合意を!

Photo_4             クマシデ

 筆者の記憶に残る大雨災害は2015年から毎年続いている。昨年の西日本豪雨では、関西空港が閉鎖され、船が橋梁にぶつかって道路がストップした報道を観て、自然界の猛威の恐ろしさは計り知れないこと、どんなに強靭な技術力でも自然界の猛威には勝てない事、人間はその猛威が静まるのを待つしかなく、この自然と寄り添って生きていかなくてはならない存在であることを実感した。

Photo_5  6月11日、安倍総理大臣(内閣府)に届けた「地球温暖化にブレーキをかける要望書」。この要望書の賛否を衆参国会議員にも求めました。「賛同する」、「賛同しない」、「どちらでもない」等で応えてもらいました。現在(7/3)、立憲民主党本部、自由民主党、立憲民主党、共産党、社会民主党、国民民主党、無所属の国会議員から「賛同」、「どちらでもない」のご意見が事務所に届いています。ご意見を寄せていただきました政党、国会議員の皆様、ありがとうございました。

Photo_6  現在、ご意見は集約中です。今後は、この要望書への賛同署名を多くの方々に求め、その署名とご意見を9月開催予定の国連「気候サミット」へ届けたいと考えています。

Photo_7  万人の共有地、有限な自然資本である地球。この共有財産は誰のものでもありません。各国首脳は、“地球人の恩送り事業”としての“2050年には実質排出ゼロ”の国際条約を締結してほしい。

2  “文明の岐路”に立っている私たちの義務として、世界各国の森と海を元気に!鉄やセメントの代わりに木材の利用とその応援を!路地や空き地に、草地に木を植える!森と生きる暮らし方の創造と実践!・・etc。(理事 髙橋佳夫)

2019年6月15日 (土)

聖火リレーで運んでほしい脱原発

TOKYOU2020オリンピックの聖火リレーは福島第一原発事故処理の前線基地として使われていたJビレッジから出発することが決まった。「復興」オリンピックと銘打ったこの一大イベントによって、原発事故をさっさと終わったことにしたいのであろうと受け取るのは筆者だけなのだろうか。

Photo_4  私の住む伊達市では今、「宮崎・早野(不正)論文」が問題になっている。それは東大名誉教授ら2氏による伊達市民が行った「ガラスバッチ」と呼ばれる個人被曝線量計のデータを使った論文不正・改ざん問題である。

Img_20190531_063408  市は関係者の了解なしにデータを両氏に提供し、そのつじつま合わせのために公式文書も捏造した。両氏は被曝量を三分の一に改ざんしたものを発表した。「最も汚染された地域に70年間住み続けても18ミリシーベルトを超えない」とか「除染は効果がない」といったものである。当時の市長は、「実際の放射性物質を取り除くより“根拠のない感情”こそ除染すべき」として、市の三分の二は除染を行わずに補助金を国に返納した。

P6095908  この「論文」は、原子力規制委員会の放射線審議会が行っていた射線基準を検証する資料に用いられていた。「今までの被曝基準を緩和しても健康に何ら問題ない」だから「原発推進を」という国の政策転換に使われようとしていたのだ。

Photo_5  一市民としてはとても悔しく、怒り心頭だ。〇〇委員会とか、〇〇名誉教授という肩書に流され易い私たち。森びとのブログを観ていると、地球温暖化にブレーキをかける要望書に賛同する国会議員のメッセージが紹介されている。悔しがっているだけでは何も解決しない。諦めずに、世界中の原発・核を無くしたい意思を社会へ、出合った人たちへ発信していかなくてはならない。私は南相馬市で「鎮魂復興市民植樹祭」を応援しているが、その心には「脱原発都市宣言」市民の思いを共有したいというがある。宣言市民と何をなすべきか、を胸に突き付けなければならない梅雨のひと時である。(事務局員・東城敏男)

注 「ガラスバッヂ」:個人放射線被ばく線量計のこと。普通は医療用や原発従事者の被ばく量を測定するために使われています。正面からの線量しか測定しないため実質は6割程度の線量といわれています。

2019年6月 2日 (日)

国有林は国民のいのちの源であり暮らしの基盤です!

1  本日(2日)、南相馬市で7回目の「鎮魂復興市民植樹祭」が成功裏に終わった。最初の植樹祭から植林ボランティアのサポートをさせていただいている当会のメンバーは、今年も力を入れて、“鎮魂・復興そして脱原発”の思いを胸に、参加者と幼木を植えてきた。

3  その笑顔には、今を生きる私たち、未来を生きる次世代の命の基盤であるこの地球を元気にする歓びが溢れているようだ。森びとの皆さん、参加者の皆さん、そして南相馬市市民の皆さん、お疲れ様でした。

2  ところで地球温暖化にブレーキをかける対策は待ったなし!という時なのに、日本政府は国有林の伐採を最長50年間も民間企業に貸し出し、皆伐後の造林の有無は企その業にお任せらしい。新聞報道では、立憲民主党の佐々木さん、小川さんが皆伐後の造林は企業の義務だ!という主張をしてくれているが、その主張を政府は受け入れていないらしい。

20190602_202925   温暖化防止にブレーキをかけている木々(森)の力は、60年間以上も生きている木々よりも若木の方がその吸収力が高いと言われている。この点からすれば二酸化炭素を蓄えている木々を伐採して、暮らしと社会に役立て、皆伐後の地にはふるさとの幼木を植えて太陽のエネルギーを調整してもらいたい。

5  その植林は浅く皿のように根が張る木々よりも、地中深く真直ぐに伸びて大地をガードしてくれるふるさとの木々を植えて、少しぐらいの大雨で土砂が流されないような森に育ててほしい。国の森林政策では同じ失敗を繰り返してほしくない。 

 杉やヒノキなど建築材に優れている木々は、伐採経費が少なくて済む奥山でない放棄地や荒れ地に植えて、何十年後の地域の雇用や暮らしに役立つようにしてほしい。

Photo_3  全ての命のつながりのスタートは森づくりから。この木々たちの葉が太陽のエネルギーを吸収することから食物連鎖が始まる。その頂点で生きているのが私たちだ。 

Photo_2  政治家の皆さん、国有林は国民のいのちの源であり基盤だということを忘れて、企業が金儲けをするためだろうと勘違いされる「国有林野管理経営法」改正案は、”ふるさとの木による造林の義務”が伴うことをお忘れなく。人類の暮らしを脅かしている「恐風」は気ままに吹いているのではなく、人間の暮らし方を問うているメッセージですよ!(理事 髙橋佳夫)

2019年6月 1日 (土)

児童や学生、企業人から教えられた暮らしを変える難しさと大切さ

  5月の後半は、 横浜市の児童と神奈川県愛甲郡の自然のなかで共に遊び、月末は企業の皆さんと「資源と捨てること」についてのワークショップ、翌日は都内の学生さんと消費についてお話する機会を得られました。

P5016628_2  神奈川県愛甲郡愛川町は自然が多く残り、そこで児童と触れ合っていると彼らの好奇心とパワーに刺激を得ました。森の中や野原で出会う草木や、真っ暗な森で周囲を観察する子どもたちの目には常に好奇心が輝いていました。クラスメイトと共に手を繋いで、声を合わせて課題に挑戦した後は、四つ葉のクローバーを探したり、斜面を全力で駆け下りるなど全身で森の空気を感じながら遊びを探していました。夜には真っ暗な森では灯り無しで、足元や周囲に怖いものが無いかどうか注意深く楽しみながらキャンプファイアーへの真っ暗な道を進みました。「危ない!」と注意されがちな事も、大人が静かに見ていれば子ども達は五感すべてを働かして森と遊ぶ事ができるようです。

 また、企業や消費者の方々と、循環型資源利用を考える「530 カンファレンス」という捨てないビジネスの在り方を話し合うイベントへ参加してきました。企業の皆さまとグループセッションを行い、各企業の資源再利用の現対策と課題を話し合い、発表するものでした。

P5016607  3R、5Rは私たちが小学校から教えられてきた資源を捨てない為のキーワードですが、今回様々な企業の「これから出来ること。」として意見が多かったのは企業が大人(消費者)の意識を変えるということでした。安くて簡単に捨てられる物を選ぶ消費者がリユース製品を選ぶにはどんな工夫が必要か、廃棄を減らすモデルを話し合いました。消費者と企業が直接、資源やエネルギー利用についてビジネスの持続性について話す機会が増えれば、私たち消費者が本当に求めているものが伝わります。消費者は企業のファンであり支持者、選挙で言えば有権者です。Friday for Futureで立ち上がる学生さん達に負けない行動力で、声を伝え、社会そのものである私たちが経済も変えてゆく必要があると感じました。 

Img_0468  最後は、学生たちと消費と服飾(アパレル)産業の在り方についてお話する機会がありました。誰が、どんな環境で、どんな賃金で作ったものを私達が買っているのか。消費者の「買った責任」としてどう扱うべきかを、皆さんは本当に真摯に意識しています。衣服の素材に関わらず食べ物も、農薬や殺虫剤を使って土壌の健康を損ないながら作ったものなのか、土壌や微生物、昆虫がより元気になる方法で物作りをするのか、学生たちは社会に求める倫理観と期待を教えてくれました。

Img_0373  個人でできる事と、企業として声を上げることはどちらも必要で、後者には数が必要です。静かにしていては伝わらず、身近な環境から、自分の社会への考えを胸を張って伝える行動が本当の持続可能性に伝わるのだと実感する時間でした。今月は、社会を変革することの難しさを色々な角度から考えることができました。(事務局員 太宰初夏)