« 2020年5月 | メイン | 2020年7月 »

2020年6月

2020年6月29日 (月)

森に寄り添って生きてきた先人の暮らしが「新しい日常」の素

 明後日からビニール袋が有料になる。有料でなく使用禁止にしてくれることを願う。私もバックをザックに入れて持ち歩いている。店の袋は新聞紙で作った袋でもよいと思う。半世紀前はそんな生活様式が普通であった。夏休みの暑い日は、インスタントコーヒーに牛乳を混ぜた冷たいコーヒー牛乳を飲めたことが嬉しかった。コップに小麦やビール麦の空洞の茎を刺し、それをストローとしてコーヒー牛乳を飲んでいたことも普通の生活であった。

P5291725  新聞紙はコウゾ、ミツマタ等の木々が原料、コーヒーは木の実、牛の餌は草でその栄養が牛乳なる。元をただせばビニールも自然の恵み。ところがそれが食物連鎖の頂点に君臨する人間の命を脅かそうとしている現代社会。 

P6095864  サバクバッタがアフリカからパキスタン、その後はインドまで移動した。その被害で人間の命が縮まるかもしれない。人口13億人の中国はバッタがヒマラヤ山脈を越えてのツ作物が荒らされるのではないかと心配しているようだ。ウイルス、細菌、虫等の生きものに国境はない。この生きものたちは、人間の無限な貪欲システムに適応して、世界の市場経済を混乱させている。人類には、生活様式の見直しを迫っている。 

P5171429  マイナス68度を観測するシベリアで、先日、史上初の最高気温38.0度を観測した。永久凍土の上に建っていた発電所の燃料タンクが崩れた。アンバルヤナ川に汚染水2万㌧が流出した。原因は偏西風の蛇行で、気温を高くしたという。永久凍土の溶解はメタンや二酸化炭素を排出させ、地球温暖化を加速させる。同時に、ウイルスや細菌を目覚めさせ、バッタ等の生きものたち生息環境をも変えている。

P6061811  こうした地球の悲鳴を聴こえないふりをしている時間はない。ブラジルの環境相は非公式な閣議で、メディアはコロナ関連のニュースがメインだ、このタイミングを利用して熱帯雨林の環境規制を簡素化すべきだ、と発言している(『毎日新聞』6/28)。

Photo  日本政府の「新しい日常」はコロナ対策に便乗した経済優先(「質の高い経済」)が本音らしい。面倒な行政窓口の手続きがデジタル化で簡素化されると有難いが、その核心は、運転免許証や健康保険所等が「マイナンバーカード」に集約することだという。市民の個人情報を丸ごと政府が管理し、デジタル化は職員たち雇用不安を生み、働き方改革(テレワーク等)は働く者たちの雇用不安を孕んでいる。 

P7133372  コロナ渦は小さくなって、静かな日常に戻るのかと思っていたらそうでもない。むしろ新型コロナウイルスが大好きな宿を世界各国に増やし、コロナ以前の経済活動に戻っている気がする。これでは「新しい日常」とは言えない。古い様式が新しく感じる社会が目の前にある。古新聞紙や手ぬぐいの再利用、メイドインジャパンの商品は大歓迎。先人の森に寄り添う暮らしの文化をブラッシュ・アップすると「新しい生活様式」が見えてきそうだ。(理事・高橋佳夫)

2020年6月22日 (月)

「新しい日常」のヒントは先人が築いた暮らし方の中にある

 東京での新型コロナウイルス感染者数が一桁台に減らない。アメリカでは経済の活性化が感染拡大と関係があるのか不明だが、全米50州のうち西部カリフォルニア州や南部フロリダ州をはじめとした21の州で、1日に確認される感染者の数が増え続けている。

Photo 写真:宙ガール

 ブラジルの感染拡大は政治の問題が大きいが、いわゆる先進国の感染者数が減らないことが不安だ。政治の問題は色々な方々から言われているので、新型ウイルスと向き合う己の課題をまとめている。

そのひとつに挙げたいことは、「新しい生活様式」、「新しい日常」、「ウィズコロナ」に孕まれている、その危険な事とは何かだ。世間では、新型ウイルスに感染しない方法だけに目が向けられている気がする。

P7163433 足尾の精錬所跡

 感染防止の労働現場の見直しが社会へ浸透している。経営者からすれば固定費削減につながるテレワーク、オフィスビルの多様化等など。経営者だけがウハウハになる社会の到来か。自民党も行政上の手続きをネット化、そのための5G推進に懸命になっているようだ。テレワークが新しい働き方であれば、それに相応しい労働環境を整えなければ労働者間の格差が拡大されるのではないかと心配する。

P5251559 コウゾの花?

 利益が伴わない市民のボランティア活動では、インターネットを上手く活用していければ活動にゆとりがでてくる。自分たちだけの殻に閉じ込まることなく、世界の地球人との連携を募り、全ての命を育む土台(基盤)を元気にさせたい。「新しい」ということの本当の意味は、先人が築いてきた森に寄り添って暮らすという“本来の生活様式、もともとの日常”ではないか。これらを社会の常識に執りもどすことが筆者の課題のひとつにしている。

20200621_133837 足尾の荒地に芽をだした蕎麦

 (理事・高橋佳夫)

2020年6月10日 (水)

アカシアの恵みは分け隔てなく届けられる

 足尾の春は遅い。足尾に転居する前の花見は4月上旬だったが、足尾ではGW前後が花見だった。花が終わると新緑を迎えるが、その新緑の中に黒みがかった幹や枝が目立つ足尾の山々。立ち枯れてしまったのかと心配すると、黒っぽい枝に薄化粧したような白い花が咲きはじめる。それはニセアカシアであり、甘い香りは足尾町まで届く。2  銅山から出る亜硫酸ガスや火災などではげ山となった荒廃地に植えられたのがヤシャブシやリョウブ、そしてニセアカシア。これらの木は、空気中の窒素を根粒菌に取り汲んでもらう。荒れてやせた土地に植えるには最適な木がニセアカシア。どうして芽吹きが遅れるのかは分からないが、多くの生きものたちがこの花を待っている。Photo_2 この香りと甘い蜜を待っているのが、蜂と猿と人である。花の香りは甘く、目を閉じていると夢の世界にいるような気になってしまう。食べたことがないが、町民は「花の天ぷらがおいしい」という。この時季、ニセアカシヤに猿の群れが集まり、あちこちで花びらを食べている。蜂もせっせと蜜を吸い、養蜂家に貴重な恵み授ける。それは蜂蜜の最高級品と言われている。Photo_3

Photo_4  人間の欲のために壊してしまった森。草木を甦らせようと植えたアカシヤが森を壊した人間にに”恵”を与えている。木々は人を差別せず、恵みを等しく分け与えている。森は人間の生活の在り方を教えているようだ。

 今、新型コロナウイルス感染で世界中が大騒ぎとなっている。地球温暖化が進み、開発による環境破壊が進めば、新たなウイルスがまた出てくると言われている。「複合災害」を防ぐには、温暖化にブレーキをかけることとともに、私たちの生活スタイルを根本から見直すことを始めなければならないと思う。(足尾スタッフ・橋倉喜一)