2016年11月29日 (火)

野菜や果物の力を借りて、健康な身体で師走を乗り切りたい

 早いもので今年も師走です。54年振りの降雪には驚きましが、原因はどうも私たちの暮らしから排出される温室効果ガスによって北極が温められたから、ということらしいです。街ではクリスマスのイルミネーションが輝き、街を歩いている人々の多くがマスクをしています。ニュースによると今月中旬から風邪が流行っているそうです。

Dscn2067

 私は、風の予防には疲れを身体にためないように睡眠をとる、それでも喉が痛くなった時、咳が出てきた時などは植物(野菜や果物)の力を借りてきました。これは両親や祖父祖母から教わったのですが、当時は、当たり前の様でした。喉が痛い、咳が出て時には長ねぎの白い部分を手拭いなどで首を巻きました。

Dscn2081

 調べてみると、ねぎの白い部分にはビタミンAとCが豊富で、また、臭いや辛み成分の硫化アリルが殺菌作用、鎮静効果の働きをするそうです。ビタミンと硫化アリル等の働きで、病原菌をやっつけてくれるのでしょう。

Dscn2072

 その他にも、大根を短冊状に切り、ビン等の容器に入れ蜂蜜を混ぜたもの、「レモンと生姜の蜂蜜漬け」等があります。ドラッグストアに行けば簡単に風邪薬が買えますが、自然の恵みで自然治癒力を高める先人の知恵は今でも多くの人々の命を支えているようです。

Img_3282

 私たちは自然(森と海)に生かされていることを改めて考えさせられます。それにしても、その森と海の力では世界中の人間が排出する二酸化炭素排出量の44%も収できなくなり、このままの暮らしでは地球が温められて想定外の気候変動が暴れ狂って生存が危ぶまれるらしいです。

 パリ協定が発効されました。世界の国々と世界人類の責務として、できることを実行していくことを2017年の課題にしたいと思っています。(事務局・水落一郎)

2016年10月12日 (水)

秋の夜は旬を味わい、自然の恵みに感謝する季節です

秋が訪れると、自然からの恵みへ感謝の気持ちが深くなる私です。 私は趣味で小さな農園で農作物を作っています。住まいが群馬県なので、周囲の農家は稲刈りが終わり、間もなく美味しい新米が食べられそうです。

Dscf0028

 私が育てているサトイモが大きく育ち、イモと茎も間もなく食べられます。家の周りにはゆずやザクロが実をつけ、この果物も間もなく食べられます。美味しい自然の恵みが家族で毎年食べられる秋ですから、この恵みに感謝する気持ちがいつもの通り、心から湧きあがります。

Dscf0031

 高い所のゆずは取れないので、それは鳥たちの餌になっているようです。田んぼに落ちた稲の籾も鳥や虫たちの餌になっています。サトイモの茎は「ズイキ」(茎の皮をむいて自然乾燥させたもの)にし保存します。捨てるところはありません。これからがとても楽しみです。

Dscf0033

 食べるということは人間以外の生きもの命を自分の命に代えることだと思っています。だから食べるときに「いただきます」と言うのではないでしょうか。新米や柿を食べていると、必ずと言ってよいほど“今年は日照時間が少なくて大変だったなあー”と、農作業を振り返る話になります。これらの話しは、人間労働に加勢してくれた草木への感謝ではないかと、この頃感じています。

37cut

 食物自給率の低い日本では地産地消が叫ばれています。私もそのように思います。いくらでも地元で食料は作れるのに、わざわざ遠くから食料を運ぶには多くの化石燃料を燃やします。今年も世界各国で気候変動によって異常気象が暴れています。この原因のひとつは海水温度の上昇ですが、上昇は地球が温められているから起こるそうです。ですから、これ以上海水温度を暖めないようするためには、二酸化炭素排出の減少にかかっています。

 私たちは生きていくためには食べなければなりません。私も農家が作ってくれた新米を、両親と一緒に美味しく味わいたいと思っています。(事務局 岡部浩之)

2016年10月 6日 (木)

気候変動にブレーキをかけられないのか

 新米が美味しい季節。いつも友人が届けてくれる新米をさんま焼きと美味しくご馳走になった。新米を送ってくれた千葉県の友人にお礼の電話をすると、ことしは量も味もよろしくない、と言った。9月の「日照時間が短いからだ」、と残念がっていた。

P9205822

 新米が美味しいと言えば思い出すのが、白神山地から流れ出る水で作っている新米の美味しさだ。白神山地から湧き出るミネラル豊富な水が赤石川に流れ、海岸付近の田んぼで作った米は光り輝き、塩だけで食べても美味しかった。20数年も前の話しだが、宿泊した民宿の女将さんが自慢していたことを思い出す。

P9205819

 この白神山地は世界自然遺産に登録されているが、ここに至るまでにはマタギをはじめ地元民とその応援者の青秋林道工事ストップの闘いがあったことを忘れてはならない。

Photo

 先月(9月)、沖縄県北部のやんばるの森に入った。案内してくれたNPO法人奥間川流域保護基金代表・伊波さん、伊禮さんには大変お世話になった。

Photo_2

Photo_5

 この森は沖縄県民60%のいのちの水を溜めている。世界自然遺産の候補にもなっている。しかし、この森は米軍のヘリポート基地工事、米軍海兵隊の実習訓練地で荒らされている。

Photo_3

Photo_4

 当然、この高江地域では地元民や応援者によって「オスプレイ・ヘリパッド建設阻止」の闘いを継続している。現地を訪れた私たち19名は、激励の言葉と共に僅かなカンパをしてきた。先日、「県民会議 オスプレイ・ヘリパッド建設阻止」高江現地実行委員会から、そのお礼のハガキが届いた。

P9205762

 水がなければ生きていけない私たち、そして主食の美味しい米づくり欠かせない水を育んでいるのは森だ。現在、「白神山地は気候変動によってブナの森が危ない」、という地元民の声がある。  

P9190754

 今年、世界各地で気候変動による異常気象が大暴れしている。気候変動にブレーキをかける運動が世界各国から何故起きないかと、怒りに似た感情が湧く中、自分は何が出来るのかと考えながら、足尾の森作業をしている。高江現地闘争に支援してほしい。カンパの振込先は上の写真口座へ。(理事 髙橋佳夫)

2016年9月 8日 (木)

“素晴らしい勢いが最後は全くなくならないように”、今を大切に生きたい

台風10号が岩手県、北海道で多くの犠牲者と甚大な被害を出しました、亡くなられた方のご冥福をお祈りし、一日でも早い復旧を願っています。

P8145550 玉葱等の農作物被害の映像を見ると、私たちが育てている幼木も動けないので大雨に耐えなければなりません。そこで踏ん張って生きるしかないのです。

P8065475

 とにかく「現地に足を運んでください」、と先輩スタッフが訴えかけていることは、そんな苗木たちの様子を現場で見ているからです。しかし、現実は、言葉でいうほど甘くないのが人間です。自分のもつ弱さ、先送り・怠け癖そして色々な誘惑があるから、うまくいかないのさ。自分の弱さは最終的に、自分で克服する以外にありません。

P8065465

 何カ月も先の森作業予定を仲間たちと約束をしますが、そんなことよりも、明日は必ず来るものではないし、確約されたものではないだから、生命ある今を精いっぱい生きようと心掛けていることが私の本気度になっている気がします。

P8065450

 足尾入りしている先輩たちの中では、緊張感があって言いづらいかもしれないが、後輩たちから足尾へ入る決意がありました。どんなに耳触りの良い言葉より、自分を奮い立たせる本気度を問い直してみてはいかがでしょうか。

P7185135

 今、起きていることは「50年、100年に一度の災害」と言われています。つまり、私たちの経験則が通用しない環境に私たちは放り込まれていることを自覚すれば、何をなすべきかが見えてくると思います。

P7185117

 私は木の生長を楽しみにして、現場の木々たちから発信されることに勝るものはない、ということを第一に、森作業に励んでいきます。古希を卒業するスタッフのつぶやきでした。(スタッフ 松村宗雄)

2016年8月27日 (土)

心を清めてくれた金峰山の森

Photo_7

 夏休みを利用し、山梨県と長野県の境にある金峰山(きんぷさん)へ登ってきた。この山は日本百名山の一つであり、筆者の両親の実家である甲州の人にとって昔から北鎮として崇拝され、多くの修験者が登拝した信仰の山でもある。(写真上:頂上の五丈岩)

Photo_8

Photo_9

 今回は、その同じ田舎とする従兄弟と登山をした。ルートは西側の瑞牆山荘を起点としたルートで、最初は標高1.500mのところからはじまり、山頂では2.699mになる。標高差1.000m以上もあることから、標高に応じた森のタイプがみられるのが特徴でもある。(写真上:ミズナラと針葉樹)

Photo_10

 山頂まで、ずっと登りで、頂上まで約3時間半かかった。途中、標高に応じた森がみられ、稜線にでると視界が開けすばらしい景色をみることができ、森に興味ある筆者としては、飽きることなく楽しめて登れた。(写真上:シャクナゲ)

Photo_11

 また、同時に、山頂に鎮座している五丈石を拝み、この岩がある金峰山が、昔から筆者の両親の田舎の甲州人たちの信仰の対象として、拝まれていたことを実感する。思わず手を合わせ合掌する。心を清められた思いでもあった。(写真上:ハイマツ)

Photo_12

 山を登ることは、今、レジャーであり、リクリエーションであるが、同時に、登山は、お参りし、心を清めることであることを感じた。昔から山は信仰の対象であり、山を拝み、山がうみだす恵みをいただきつつ、山とともに生きてきたのである。今回の登山は、お盆の時期と重なっていたこともあり、先祖のことを思い、そんなことを感じた。今後、山・森を知ると同時に、山の信仰についてより知識を深めたいと思った。(写真上:頂上を望む)

(事務局 宮原哲也)

2016年8月 1日 (月)

つちをつくることを考える

今全盛のトウヒの森は、
自ら不都合な土壌をつくりあげながら、
次の森の時代を
ゆっくりとツガに明け渡そうとしているのである。
振り返れば、それは遥かな昔、
ハンノキがトウヒにしてあげたことなのだ。
いつの日か南東アラスカがツガに覆われる時、
森の一生はクライマックスを迎えることになる。

星野道夫「森に還る日」より

Field_2

知り合いの喫茶店のマスターから、最近のアルバイトはエプロンを結べない子が多いと聞いた。靴紐は結べるんでしょ、と言うとそれはできるらしい。要はやったことがない、というだけのことのようだ。

少し驚いたのだけれど、よく考えると僕らだっておじいちゃん・おばあちゃんの時代に普通だったことで、できないこと・知らないことは多い。特に自然に関することなどは、断絶と言っても良いぐらいの隔たりがある。ただそれも結局は触れる時間が極めて少ない、というところから来ているように思う。

Sky

自然と触れるということでは、学生時代から20年以上、仲間と山奥でキャンプをするという行事を続けてきた。近況を語りながら飲む、ということが大方の目的なのだけれど、ここ数年、メンバーのJr.も参加するようになった。

Find

その子どもたち、最初は圧倒的な自然に戸惑っているけれど、あっという間に楽しみを覚え、2度目ともなるともうベテランの風を醸し出す。子どもの適応力は驚異的で、それによく覚えている。自然に触れる、というのはそれだけで十分に意味深いことなのだと気付かされた。

Find

Footprint

あいも変わらず大人たちは忙しすぎて、子どもたちに自然のことは何一つ教えられないのだけれど(それはそれで問題があるのだが)、せめて、今ある木々や森や山を、そのままで良いから残したいと切に願うキャンプだった。

森の木々のように、次の世代に”土”を残せているか。人としてどういう土を作っていくか。森づくりに携わりながら、森と生きる知恵を何一つ持ちあわせていない自分を省みて、自然との有り様をいま一度深く考えてみようと思う良い機会となった。(事務局 小黒 伸也)

2016年6月28日 (火)

世紀末に生存が不安定な時代を迎えないための政治を願って、投票所へ!                  

 私は1坪位の庭畑で毎年、旬の野菜2種類ほどを栽培している。スーパーに並べられている八頭身の野菜ではないが、見栄えは悪くても旬の香りと野菜の味が濃い野菜を食べられるので、スーパーの野菜に引けを取らない、と自画自賛している。

P1072369

 無農薬栽培で、肥料は少なめに与えている。その代り、マメ科の植物を最低1種植えている。何故なら、母から聞かされた事、森づくり運動を始めたころから学んでいるマメ植物の力を信じているから。

P1012332

 明治生まれの母は、「枝豆の根は土壌改良してくれる。根は残して豆だけ収穫する」と言っていた。森づくりをはじめてその事を調べて見ると、マメ科植物の多くは、空気中の単体の窒素を根で吸収することができ、光合成で生産されたでんぷん、糖分と物々交換して、菌と木々が互いに成長している様である。

P4093410

 その様子は、足尾の森づくりでも見られ、肥料木と言われているヤシャブシ、ニセアカシヤ等は栄養分が少ない荒廃地で60年以上も若き伸び、木々とって大切な土をつくっている。

P6054401

 ところで6月16日、清水正孝元東電社長がフクシマ原発事故後3日後、「炉心溶融の言葉を使うな」と幹部に指示していたことが判明した。4年前に炉心溶融を把握しながら公表しなかった東電の隠ぺい体質と「第三者委員会」なる組織には信用性が微塵もない。参議院選挙が始まった。経済が第一の安倍さんの戦略に惑わされずに、命を守ることを第一にした、「原発に頼らない森と生きるライスタイル」が社会の常識となるような政治に導いてほしいものだ。

 原発が稼働ゼロでも暮らしの中では停電も無く、普段の暮らしを経験した私たち。けれども自然エネルギーから電気を暮らしに供給していくためには、地球上の気候が不安定では不安を抱いた暮らしとなる。原発に頼らない暮らしをもとめていくには自然(森と海)の警告に真剣になって耳を傾けていかなければならない。

P5144247

 その警告は今の暮らし方を継続していくならば、世紀末には「生存の危機」を迎えるから、森と生きる暮らしに転換せよ、ということらしい。現在の森と海の力は、世界中から排出される二酸化炭素量の44%を吸収できないという。

地球温暖化にブレーキをかける暮らしと社会の転換が求められているようだ。私は地産地消に近づく食生活、電球が切れたらLED化に変えている。その分私の小遣いは減るが、命を縮めないためにはひと時の我慢が必要だ。公の、国のために個の自由を我慢するのではなく、個々のいのちを守るためには我慢と勇気が伴うのではないか。そんなことを考え、期日前投票に行くか。(理事 松井富夫)

2016年5月31日 (火)

梅雨の森の中で、自然と人間の営みを考えたい

P4221903

 案内文や挨拶文を書く機会が多くなって、文の書き出しで「立春の候、立夏の候・・・」と書く。2月に挨拶文を書いていると、「立春の候・・」に関して先輩と話す機会があった。「立春の候、立夏の候」とは、言うまでもなく暦の上で「しだいに春、夏めいてくるころ」を意味しているが、現実的には、梅や桜の開花も例年早くなり、足尾では1週間も早く桜が満開となった。立夏を迎えた5月は各地で真夏日が観測され、夏本番の天気だ。21日の植樹祭で植えた苗木が気にかかる。

P4171884

 先輩との話は、「○○の候・・」と書き出した案内文や挨拶文を受け取った方々には「夏めいてくるころ」という感じを受けないのでないか、ということだった。自然と人間の営みにも、何か、変化を感じた話であった。

Pa282409

 ところで明日からは6月、梅雨の時季である。私はこの時季を好まない。16年前に右腕を骨折した箇所が疼くからである。外に出ても空は雨雲に覆われる日が多く、湿度も高いと気分も滅入る。その上、右腕の疼きが気になって仕方ない。気圧が下がり、血流が悪くなるために疼くらしい。

P3233310

 苗木にとっての梅雨は大歓迎だろう。雨の恵みを得て、荒廃地に根を張れる元気が湧いてくる時季だから。私も梅雨の時季を歓迎し、血流を良くする入浴やストレッチをすればよい、という気持ちに切り替えなければならない。

P5094021

 森には、生物多様性の保全、地球環境保全の他、癒しの場という機能を持ち合わせている。森の中では、人間以外の生き物たち社会で支え合い、私たち人間が生きていくことに欠かせない大切な役割をしている。雨が降る日が多い季節になるが、そういう時こそ外に出て、森から育まれている私たちの命の有難さを再認識したい。

P5144038

Pa282412

 心地よい汗をかいて、古傷と上手に付き合っていきたい。(事務局長 小林 敬)

2016年4月27日 (水)

野菜作りから教えられる自然の有難さ

Dsc02429  母の一周忌のため茨城の実家に帰省した。空き家の鍵を空け1ヶ月ぶりに新鮮な空気をいれた。熊本地震に遭った方々からすれば部屋に入るのも神経をすり減らさなければならず、亡くなった方もいるという時に、地震等の自然災害に遭わなかった実家の家は小さいながら、家族が守り抜いた家の有難さを感じた。

 ところで家の前の猫の額ほどの耕作放棄地を畑にして、野菜を育ててきた。昨年は、きゅうり、ミニトマト、オクラ、ナス等を育てた。書物で学んだ素人野菜作りゆえに、ナスは枯れたしまった。オクラは食べられるほどになり、刻んでカツオブシをかけていただくことができた。

Dsc02433

 今年も自然の力を得て、トマト、キュウリ、春菊、ソラマメ、ジガイモを植えた。しかし、自然界は簡単に人間を支えてくれない。苗が食べられてしまった。思い起こすと、実家に来たときに野ウサギを見た。人間の思い通りになると思っていたが、自然界は甘くなかった。

 野ウサギには申し訳ないが、植物に生かされている人間なので、畑の周りにネットを張った。お蔭様で、春菊をおひたしにして食べられた。なるべく海外から食材で食生活をするのでなく、地球温暖化防止にブレーキをかけようと旬産旬消(地産地消)を心がけている。

Dsc02435

 昨日はチェルノブイリ原発事故から30年。廃炉の展望や住民たちの暮らしの復興は見えてないという。原発事故に遭った福島県民の暮らしの展望も見えないことを、今月の「原発に頼らない暮らしを考える市民フォーラムin南相馬」で改めて実感した。

 森に生かされている私たちは、もっと森(自然)の力に依存しても良いのではと思っている。そのためには、森を元気にさせていかなければならない。土は植物の落ち葉や枯れ草・枯れ枝からつくられる。土を作ってくれる土壌分解動物たちには頭が上がらない。そんなことを考えさせられた母の一周忌であった。

  東京事務所・済賀 正文

2016年3月29日 (火)

敵意を解消してくれる花見かな

P3293462

 栃木県宇都宮市でも桜が開花した。宇都宮市から北西へ40㎞程の町が足尾町。足尾で森作業しながら桜の開花と花見をしているニュースを聴くと、心が浮き浮きする。

P3293463

 来月30日は「春の感謝デー」、栃木県ファンクラブの皆さんが植樹祭を行ってくれる。この日に花見ができれば有難い、と思っている。

P3293453

 この時季に思い出すことが、新入社員の花見席確保である。ブルーシートを持って、20名程の先輩方が座れる宴席を確保してきた筆者だが、19歳当時の新人には恥ずかしい時間と場であった。しかし、先輩たちの宴を盛り上げると、仕事の話や職場の人間関係そして社会人として気を付けること等が教えられた。

P3293457

 2~3年もすると先輩たちとの距離が短くなり、後輩たちとの距離も近づく。共にいる時間が長くなれば働く者同士の絆ができつつある。このような事は中国人との小学校建設支援の交流でも実感してきた。最初は、「殺人鬼」と見られていた日本人であったから敵意をもたれていた。しかし、小学校建設をしていると、その敵意は無くなってきた。目には見えない人間の“心”を分かってもらうには、共に行動を起こす時間が大切だ。多文化の違いもともに過ごす時間が大切だ。

P3293456

 その時間と場を提供してくれるのが桜であり、花見である。なんとも有難いことだ。「春の感謝デー」は集ってくれた“森とも”と共に、森と生きる心を分かち合いたい。“サクラの花びらの塩漬けと青菜のサラダ”、そしてウルイやノビルの炒め物で旬の味をご馳走したい。開花時期が早まっている事を気にしながら。(理事 髙橋佳夫)